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京都地方裁判所 昭和44年(ワ)111号 判決

原告

西田きみ

ほか三名

被告

京都バスタクシー株式会社

主文

原告らの各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用中原告らについて生じた分は、当該原告の負担とし、被告について生じた分はこれを六分し、その二を原告西田きみ、その二を原告西田米造、その一を原告西田耕二、その一を原告西田あい子の各負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、原告ら

(1)  被告は原告西田きみに対し金二、七六六、九六九円およびこの内金二、六一一、九六九円について昭和四四年二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(2)  被告は原告西田米造に対し金三、〇二八、九三七円およびこの内金二、八七三、九三七円について昭和四四年二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(3)  被告は原告西田耕二に対し金一、六九六、三一三円およびこの内金一、五四一、三一三円について昭和四四年二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(4)  被告は原告西田あい子に対し金一、六九六、三一三円およびこの内金一、五四一、三一三円について昭和四四年二月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(5)  訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決並びに仮執行の宣言

二、被告

(1)  原告らの各請求をいずれも棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

旨の判決並びに仮執行免脱の宣言

第二、当事者双方の主張

一、原告ら

(請求の原因)

(1) 訴外西田直吉(当時六〇才)が、昭和四三年五月二五日午後二時一〇分頃、足踏二輪自転車に乗つて京都市中京区所在の四条通り(京福電鉄嵐山線との交差点のすぐ東部)を北から南に向つて横断中右自転車が同所を西から東に向つて進行中の登録番号京五う四一―四四号普通乗用自動車(以下被告車という)と、同所において衝突し、右訴外人は、右自転車とともに被告車に跳ねとばされて(以下本件事故という、)、頭部外傷Ⅲ型、頭蓋骨々折、前頭部挫創、右下腿挫劇、筋膜断裂、右脛骨皮下不全骨折右足左膝蓋部擦過傷を負い、そのため意識不明のまま昭和四三年七月八日京都五条病院で死亡した。

(2) 右事故は、訴外秋山唯男の前方不注視、安全速度違反、一時停止違反の過失によつて惹起されたものである。

(3) 被告は、本件事故の際、被告車を所有し、これをその従業員である訴外秋山唯男をして、被告のために運行の用に供させていたものであり、また、本件事故は右訴外人が被告の業務執行中に惹起したものである。

(4) 訴外西田直吉は、本件事故当時六〇才にして、身体極めて頑健で米穀商に従事していた。

右訴外人は本件事故前においては、米穀商に従事することによつて月収金八五、〇〇〇円を得る外、毎年夏期に金一〇〇、〇〇〇円、年末に金二〇〇、〇〇〇円の賞与を得ていた、これら収入を年額すると金一、三二〇、〇〇〇円である。右の当時右訴外人の生活費は一か月について金一八、四八五円であつたから、これを年額にすると金二二一、八二〇円である。前記金一、三二〇、〇〇〇円から右生活費の年額を控除すれば金一、〇九八、一八〇円となり、これが、右訴外人の本件事故当時における一か年の純収入である。六〇才の男子の平均余命は一五・七四才であるから、右訴外人が本件事故に遭わなかつたならば、なお七・五年間米穀商に就労して、毎年金一、〇九八、一八〇円宛の収入を得た筈であり、これをホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除し、本件事故時における価格を求めれば金七、二三五、九〇八円となり、右訴外人は被告らに対し右金額相当の損害賠償債権を遺して死亡したものである。

(5) 原告西田きみは、訴外西田米造の妻、その余の原告らは、いずれも、右訴外人と原告西田きみとの間に出生した子であるから右訴外人の遺産に対する相続分は原告西田きみ三分の一、その余の原告各九分の二宛である。

(6) よつて、原告らは、前記金七、二三五、九〇八円について、右相続分の割合によつて、これを相続したものであるところ、原告らは、本件事故について被告から自賠法に基づく保険金三、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたから、これを右金七、二三五、九〇八円から控除するときは金四、二三五、九〇八円となり、原告西田きみはこの三分の一である金一、四一一、九六九円、その余の原告らは、各その九分の二である金九四一、三一三円宛の損害賠償債権を有するものである。

(7) 原告西田米造は、訴外西田直吉が本件事故によつて負傷し、その傷害を治療するために昭和四三年五月二五日から同年七月八日まで入院し、同年七月八日死亡したことについて次のとおりの支出を余儀なくされた。

(イ) 右入院に際し、必要品購入代金一〇、三三〇円

(ロ) 右入院について要した交通費金二七、一七〇円

(ハ) 右入院について要した通信費金一、四九九円

(ニ) 右入院について医師、看護婦、付添人に交付した謝礼金二五、〇〇〇円

(ホ) 祈祷料金一、五〇〇円

(ヘ) 葬儀費金三七一、八一一円

(ト) 追善供養費金一〇七、八一四円

(チ) 墓地賃借料金一三〇、〇〇〇円

(リ) 墓地枠石代金一八、〇〇〇円

(ヌ) 仏壇代金二三九、五〇〇円

(ル) 墓石代金四〇〇、〇〇〇円(将来支出予定)

計金一、三三二、六二四円

(8) 原告らは、本件事故による訴外西田直吉の死亡によつて、それぞれ精神的損害を受け、その慰藉料額は、次のとおりである。

(イ) 原告西田きみ金一、二〇〇、〇〇〇円

(ロ) 原告西田米造金六〇〇、〇〇〇円

(ハ) 原告西田耕二金六〇〇、〇〇〇円

(ニ) 原告西田あい子金六〇〇、〇〇〇円

(9) 原告らは本件訴訟を弁護士阪口春男および同小山孝徳に委任し、その着手金および報酬として各金一五五、〇〇〇円宛を、第一審判決言渡と同時に支払う旨を約した。

(10) よつて、被告に対し原告西田きみは、右(6)の金一、四一一、九六九円、右(8)の金一、二〇〇、〇〇〇円および右(9)の金一五五、〇〇〇円計金二、七六六、九六九円、原告西田米造は右(6)の金九四一、三一三円、右(7)の金一、三三二、六二四円、右(8)の金六〇〇、〇〇〇円および右(9)の金一五五、〇〇〇円計金三、〇二八、九三七円、原告西田耕二および原告西田あい子は、いずれも、右(6)の金九四一、三一三円、右(8)の金六〇〇、〇〇〇円および右(9)の金一五五、〇〇〇円計金一、六九六、三一三円並びに、これら各金額中各金一五五、〇〇〇円を除いた金額について本件訴状副本が被告に送達された日の翌日である昭和四四年二月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(被告主張の抗弁に対する答弁)

(1) 右抗弁(1)および(2)の各事実は否認する。

(2) 同(3)の事実は認める。

(3) 同(4)および(5)の各事実は否認する。

二、被告

(答弁)

(1) 原告ら主張の請求原因(1)の事実中、「北から南に向つて横断中」とある点を否認し、その余は認める。訴外西田直吉は、被告車の先行バスの蔭から急に、被告車の進路に斜行して出て来たものである。

(2) 同(2)の事実は否認する。本件事故の発生について訴外秋山唯男に過失はない。

(3) 同(3)の事実は認める。

(4) 同(4)の事実中、訴外西田直吉が本件事故当時六〇才であつたことおよび同訴外人の本件事故当時における生活費が一か月金一八、四八五円であつたことは認めるが、その余の点は否認する。

(5) 同(5)の事実は認める。

(6) 同(6)の事実中、原告らが自賠保険金三、〇〇〇、〇〇〇円の支払いを受けたことは認めるがその余の点は否認する。

(7) 同(7)ないし(10)の各事実は否認する。

(抗弁)

(1) 本件事故の際、訴外西田直吉が、自転車に乗つて、被告車の先行バスの蔭から急に、進行中の被告車の進路に斜行して出て来たため、訴外秋山唯男は、被告車の把手を右に切ると同時に急制動の措置を講じたが、被告車と訴外西田直吉の乗つた自転車との衝突を避け得なかつたもので、本件事故は、訴外西田直吉の一方的な過失によつて発生したものである。

(2) 本件事故の発生について、被告車の運転者秋山唯男およびその運行供用者である被告は被告車の運行に関し注意を怠つておらず、また本件事故当時、被告車の構造上に欠陥または機能の障害もなかつたものである。

(3) 被告は原告らに対し、示談内金として昭和四三年六月二一日金五〇、〇〇〇円同年七月一日金五〇、〇〇〇円計金一〇〇、〇〇〇円を支払つた。

(4) 被告は本件事故による訴外西田直吉の受傷について付添看護費用金一三三、二二〇円および治療費金五五二、二二二円計金六八五、四四二円を支払いずみにして、治療費残金六五〇、五三三円の請求を受けている。

(5) 仮りに、被告が原告らに対し、本件について損害賠償義務を負うものとしても、本件事故の発生について訴外西田直吉には八割の過失があつたものと考えるのが相当にして原告らは、本件事故について、自賠保険金三、〇〇〇、〇〇〇円前記(3)の示談金一〇〇、〇〇〇円計金三、一〇〇、〇〇〇円の支払いを受け、前記(4)の治療費金六五〇、五三三円を被告が負担しているから、これによつて、原告らは、訴外西田直吉が本件事故により死亡したことによつて生じた損害額の二割以上の賠償を既に受けたことになり、原告らの本訴請求は失当である。

第三、証拠〔略〕

理由

一、原告ら主張の請求原因(1)の事実は「北から南に向つて横断中」とある点を除いて、その余の部分については、当事者間に争いがない。

二、原告ら主張の請求原因(3)および(5)各事実についても、当事者間に争いがない。

三、原告らは、本件事故は、訴外秋山唯男の過失によつて惹起されたものである旨主張するに対し、被告は、これを否認し、本件事故の発生について、被告および被告車の運転者秋山唯男は、被告車の運行に関し注意を怠らず、本件事故は被害者である訴外西田直吉の過失によつて発生したもので、被告車の構造上に欠陥または機能の障害もなかつた旨抗争するので検討する。

(1)  本判決理由第一および第二項の争いのない事実に〔証拠略)を総合すれば、被告の従業員であつた訴外秋山唯男は、昭和四三年五月二五日午後二時一〇分頃、同乗者のない被告車を運転して、京都市中京区所在の四条通りを東進し、京福電鉄嵐山線との踏切りに差しかかつた。右四条通りは、本件事故当時歩車道の区別がなされ、車両の交通量は極めて多く、アスフアルト舗装され、平坦にして乾燥した直線道路にして、車道の幅員は一五・四メートル(片側七・七メートル)あり車両の制限速度は時速四〇キロメートルであつた。右訴外人は、本件事故当時、右踏切りを超えて直ぐ東の四条通りの北側車道の東端に設置されていた信号機の灯火が青色だつたので被告車を右四条通りの左側(北側)車道中北側の歩道から約五メートル中央寄りを、時速約四〇キロメートルで東進させていたところ、訴外西田直吉が被告車の約一五メートル前方を、右信号機の直ぐ東の辺りから、足踏二輪自転車に乗つて、突然右四条通りを北から南に横断しようとして、被告車の前面に出て来たのを見て、驚いて、西行車両が存在したので、被告車の把手を、急角度に右にきることもできず、僅かに右に切り、急制動を施したが、被告車の左前部と右自転車の前輪との接触を避けることができなかつた。訴外西田直吉(当時六〇才)は、右四条通りを北から南に横断しようとして、右信号機の直ぐ東の辺りから進めの信号に従つて右方から東進している被告車の存在に意を払わず、被告車の前を、ほぼ、右四条通りと直角に、後輪のブレーキのきかない足踏二輪自転車に乗つてゆつくりと横断を始めたところ、偶々、被告車が東進中であつたため、右自転車の前輪に被告車の左前部が衝突し、右訴外人が右自転車とともに約五メートル跳ねとばされて本件事故が発生したものである。また右事故の際被告車に構造上の欠陥もなく、機能の障害もなかつたことが認められ右認定に反する〔証拠略〕はたやすく措信できず、その他に右認定に反する証拠はない。

(2)  右認定事実によれば、本件事故の際、訴外秋山唯男は、信号機の示す進めの信号に従つて制限速度を守つて被告車を進行させていたものであるから、右訴外人に安全速度違反や一時停止違反の過失はなく、また、本件事故は、訴外西田直吉が、足踏二輪自転車に乗つて、訴外秋山唯男運転の被告車の前面に、突然、出て来たことによつて生じたもので、訴外秋山唯男に前方不注視の過失もなく、制動停止距離および空走距離の関係上、訴外秋山唯男にとつては、本件事故は避けられなかつたもので、本件事故は訴外秋山唯男の過失によつて発生したものではなく、右訴外人は被告車の運行に関し注意を怠らなかつたものということができる。

(3)  自転車に乗つて道路を横断するものは車両の直前で道路を横断してはならないことはいうまでもないところであるのに、前記認定事実によれば、訴外西田直吉は本件事故の際、進めの信号に従つて、その制限速度内で西方より進行して来る被告車に注意せずにその直前において横断を開始したことによつて本件事故が発生したものであるから、本件事故は一に訴外西田直吉の過失によつて発生したものといわなければならない。

(4)  前記認定事実によれば、本件事故の際、被告車に構造上の欠陥や機能の障害はなかつたものである。

(5)  本件事故の発生について、被告が被告車の運行について注意を怠らなかつたか否かについては、本件事故の発生と因果関係がないものといわなければならない。

(6)  そうすると、結局、本件事故は被告の従業員であつた訴外秋山唯男の過失によつて発生したものではなく、また、被告は本件事故の際被告車の運行供用者ではあつたが、自賠法第三条の免責事由が証明されたものである。

四、そうすると、自余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求は、失当であるから、これを棄却するのほかなく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 常安政夫)

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